一昨年急に孫が渋谷に行きたいと云い、いろいろ考えてまあいいか~、そんなことで日帰りに行くことにした、何も言わずに行ったから帰ってからのパッシングのほうが大きい、日帰りはもったいないことはわかるが孫も私も翌日用事があったので夜の便で帰ってきた。今回孫は春休みで一緒にいることが多く、今回も東京に行こうと強請られた。今年度から中学生になる孫、考えれば私についてくるのも時間の問題そう思うと連れて行こうと思い、2泊3日で東京の名所を回ることにした、有明の東京ベイコート俱楽部ホテル(妹の勧めで一寸贅沢なホテル)に予約し、1日目は朝早い便の飛行機に乗って羽田、持ち物を配送サービスに頼み、曇り空の中で霞んで見えるがスカイツリーで東京の街並みを見せた、ついでに冷たい美味しいビールも頂いた(笑い、そのあとレトロな浅草の雷門に行き人力車などに乗せた、近くの上野公園に行く予定でであったが、移動やスカイツリーや浅草で時間を費やしたので、仕方なくひとまずホテルを目指したが、ホテルに行く途中で寿司好きな孫のために豊洲の寿司を夕食に選んだ、私も一杯飲みながら孫と二人だけの美味しい握り寿司を楽しんだ、食べた後ホテルまで歩くといったので、2Kの道のりを楽しく歩いた、ホテルに着いたのは7時過ぎだった。2日は雲一つない晴天に恵まれ渋谷から原宿の竹下通りで孫と時間を費やす、それから昨日行けなかった上野に行き最後に東京駅で降りる、それから1杯飲みながら夕食を食べてホテルに行く、ホテルに着くと孫がプールに入りたいという、せがまれ私も入ることにした、焼酎を2合ほど飲んでいたので久しぶりの水泳もきつかった(笑い。3日は6時30分には孫がプールにそのあと9時予約の朝食、ホテルを早めに出てお台場に行く、この日は朝から雨で近距離ながらタクシーを利用する、いろいろ見て回り最後は孫が乗りたいと言っていたモノレールに乗って羽田空港そして夕方の便で大分空港に帰ってきた。孫のために私鉄やJRに乗ったり自動切符売り場で切符を買わせたり、乗り越しても自動精算機があるそんなアナログのようなことも教えた、各名所への入場料の自動販売機などほとんど孫に任せた。喧嘩も良くしながら、いろんなところに行った、因みに1日目が13000歩ぐらい2日目が15500歩ぐらい3日めが11000歩ぐらい・・・疲れました、そんな凸凹コンビで孫との思い出ができた2泊3日の楽しい旅でした。
春は木の芽時と言われ何もかも変わってくる、自然の力3寒4温で温度差は大きい、それで相対湿度も変わってくる、おまけに花粉の季節、年度変わり、精神的にも肉体的にもストレスを感じやすいが、いろんな美しい花が咲く、新緑も美しい。毎年2月の半ばに入るとウォーキングコースに250~300本ほどの河津桜の並木がある、2月14日ごろから咲き始め2月20日ごろが満開でとても見頃で美しい、この時期は雨がよく降るから花がすぐに散る、今年は雨が少なかったので美しい花を長く見られた。私は花粉アレルギーでマスクは欠かせないが、昨今何が原因かわからず滅多に出ない熱が出た、何日か前から寒気がして節々が痛く体がだるい、もうろうとしたこともあった、家族のものが体温を計ってと言われ、計ったところが38,5だった、37,3以上の熱が出たのはあまり記憶にない、もともと体温は低いから熱には弱い、何もせずに3日ほど安静に寝ていたら熱は微熱に下がった。この時期に植える野菜の床づくり、植えものや種まきなどすることが多い季節、雨もよく降るので雑草はよく伸びる草取りも欠かせない。1週間程養生した後畑に行ってみて驚いた、2~3月収穫時期の白菜が1回収穫したばかりですでにきれいにとうがたち美しい花が咲いているのです、水菜の花、大根の花もちらほら、美しい菜の花でいっぱい、寝こみから覚めても覚めないでも、花畑に...。そんな思いを娘に言ったら「川は見えなかった」かと言われた、あちらの花畑にはまだやりたいことが沢山あるのでしばらくは行きたくない(笑い。明日からは頑張だけ。
人間や生物はすべてと言っていいほど左右対称になっている、内臓は何故か対象になっていない、また男女と別れている(中には両方持っている生き物もある)。地球も地・海であるように2通り、上・下、表・裏、昼・夜...たった2つで構成されているのですが、人の指は5本、儒教の教えも一般は5徳(仁義礼智信)、ものづくり・手作りに必要なつくり手の心掛けも5徳。自然は地・水・火・風・空5つの要素で実体のないもの。暦は7の倍数、死後の世界でも初7日・49日など(女は7・男は8ともいわれている)、丸い物も7をかけると4角の大きさになる。前にも書いたが2~3つのツールを基本に組み立てているのが我が社の指針であります、こんな考えを起こしたのは後継者育成にあるのです、木材でも国産材や外材を合わせると名称を覚えるにも大変なこと、そんなことを教えていたら気の短い今の若者はすぐにやめてしまう、とにかく早く覚えるためにはいろいろなものを2~3に絞らないといけないと思った、昔は16歳で弟子入り、今は高卒は当たり前大卒もかなり入ってきた、理性の解る若者たちには分相応な指導が不可欠、ものづくりの喜びを短期間に習得して、初めて長続きができるのです、そうはいってもなかなかうまくはいかないのが現実。自然も2・5・7で割り切れるものではない、今も昔も臨機応変が大切と思う
我が社の住まい手とつくり手の新年会が例年通り行われた、今回も多くの住まい手の方々にご参加頂いて、皆さんと会話が出来幸せな一時を過ごすことができました、心から感謝しています。地産の自然乾燥無垢材を表し、高性能のすまいを社員大工が心を込めて造ってきた、50年以上の歩みはあるが、昨今は何でもできるAIの登場で、設計の打ち合わせやプラン・見積もり・契約までAIの時代になってきた、一度の打ち合わせで引き渡しまで分かるようになる、家電や辞書・機械類いろいろな分野でAIが使われている、作詞作曲までAIが作っている記事を読んだ、有名な作詞作曲家がAIの歌も決して悪くはないと言っていたが、作るときのプロセスや感情など人との交わりの違いがあることも書いてあった。少子化になり働く人が少なくなった今、外国人労働者も毎年増えているが、時間が限られているし、いろいろな問題がある、そんな中今後のAIの利用は益々増えていくでしょう。人が持つべき仁義礼智信の5徳は、人との繋がりがあって尊いものです、新年会等で皆様との繋がりは人として良い社会を作る源であり、自然のことと思っていますが、昨今では挨拶もできなくなった人に出会う…悲しいことです。我が社は小さな工務店ではありますが、住まい手といつまでも良い繋がりを持つことができましたことは、各お施主様のご支援とご援助の賜物です、心から感謝を申し上げます。私もまだ未熟者、社長もまだまだ未熟者ですが見守って頂けたら、必ず御恩返しはできるものと思っています、今後とも良いご指導をお願い致します。
その昔25年程10社以上の下請けを続けてきた、其の殆どが今では倒産か廃業、他の工務店も今でも残っているのは1~2社、30年も続かない工務店が殆どです、色々下請けしながら他社を見てきた、40才になって職人もいなくなり一人で我が家を建て替える、半年以上我が家を造りながら考えた、下請けではどんなに良いものが出来ても、お客様から感謝されるのは元請け会社、しかしお施主様のことを思えば、下請けでも心のこもった物づくりしてきたつもり、だから責任があるので元請けの会社に内緒で半年・1年点検を元請けに内緒で行って来た。数多く他社を見てきて多くの事を学んだ、後継者育成は大工職人のマナーの悪さと世間での地位の向上を目指すためやろうと決心した、当時いろんな人から後継者育成に反対や抵抗があったが、そんなことは気にしなかった、若い人が持つ何事にも無限の可能性を信じていたからです、人が集まり一つだけでも県一を目指すといった、それを実現するには若い人たちにまず、ガムシャラに動いてガムシャラに働け(今では働く改革で考えられないが)と云って朝から夜中まで働いてきた、朝2・3時の帰りは当たり前、そして週に2~3回は終わりなき酒盛りをしながら若い人たちとコミニケションを取ったりし、存在のアピールをしてきた。指導においては当時でっかいプロジェクターで3キャドを使っての指導映像も珍しい、土台敷から上棟までのプロセスを若者に教えた、他社との違いを見せるため他社を見学したり、モラルや応用力・心を養うため一流の食べ物や一流ホテルなど連れて行った、感性教育のために海外も研修旅行の名目で何度も言った。何一つ同じ物がない自然素材を扱うためには、効率的でも機械的でもない、手づくりが必要なのです、その手づくりには人の心がこもってなければ自然素材は生きてきません、そのこころはやわらかく、弱く、傷つきやすいものです、それを養うために我が社の職人は毎日精進しているのです、無限に広い心を持つ職人たち、いつの日かとてつもない奇跡が訪れることを願っています。
