平素は現場に行かないが完成邸だけは反省がないかどれだけ進歩しているか気がかりなところである。行くと必ず何かが見つかる設計段階ではわからないが実際に出来上がりを見ると鮮明に反省が解る、紙上や画像と現物の差はある。大工・左官職人の技術の向上は益々上達しているのがわかるし、氣のこもりも感ずる割合が相当増えている。技術的なことは殆んどの現場でも変わらない、昔と違うのは傷がないことが1番進歩している、本当にきれいに仕上がっているのです。工事をする人たちの心得が昔と全然違ってきたように思う、だから最近は無地物の使用が増えてよりきれいになるのです。完成邸や上棟後しか行かないので3者的に見ることができ、もう一寸考えればと思うところが一つぐらいは見つかるものです、特にエレベーションは目に留まります、一番目につくのは基礎巾木これがどの家でも違和感があるが、外構などで調整できるところは良いが、どうしてもできないところがある、立ち上げ基礎高を下げても基準法がありあまり下げれない、ギリギリ下げても床下点検ができなくなったりする、難しところです。技術者の育成に力を入れてきたが、私はあまり褒めないで甘やかさないできた、小学高学年のころ家で宿題する時間がないので、放課後教室に残って一人宿題をしていた、それを担任教師が見て学級新聞の取り上げられた、その教師は決して嫌いな先生ではないがそ~としてもらいたかった、その後のみんなの冷やかしのほうが嫌だった(笑。昨今私が指導した職人たちが昔の厳しさを思い出し、涙ながら話をしている姿も見たり聞いたりした、最近は自分が出来なくなったので褒めることが多い。我が社は昔から住まい手と造りてがお互い理解し契約・着工・完成・引き渡しそれから後も維持管理を含め永いお付き合いが始まる、大切なお金をいただいて大切な家を提供する、このご縁で私たちは生活していけるのです本当にありがたいことです、いつまでも住まい手の方と付き合いができることは、その住まいの変化を気楽に見ることでき今の住まいが生まれたのです。近年は社員と協力業者の調和も相当良い、工期の短縮と完成邸がよりきれいに仕上がっていると思う、これも社員が何十年も『気持ちを込めた木持の良い家』づくりに培ってきた証拠でもあるのです。
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