今年も感謝ディーと親子木工教室のイベントが8月2日に行われた。私は朝収穫したオーガニック野菜を直ぐに調理し持っていく、多勢であるので大量に作る、会社に着いたのが2時頃、特設プールには子供たちがはしゃぐ姿が見られ、今年も多くの人が来てくれて安心した、一方作業場の中では木工教室午後の部、工作物を多くの親子がもくもくと作っていた、一人一人に挨拶をして回った今年は初めての方が多かった、スポットクーラーを何台も設置していたが、さすがにこの異常気象で作業場の中は暑い、おまけに人混みで暑いを通り越していたが皆楽しそうでした。木工教室も何十年も続けているがこれも後継者育成の一環として行っているのです。夕方からは御施主様感謝ディーの催し、毎年参加してくれる人もいれば初めての御施主様もいます、毎年暑い中での盛り上がり、美味しい焼肉や手料理が沢山並んだバイキング、ビール・焼酎・各種ジュース食べ放題・飲み放題は皆美味しいと言ってくれました、私が作ったのは8種類の野菜サラダこれも完食でした、中でも社員が心込めて作った工作物のオークションの人気は高くこれだけを目当てに来る人います。工作物はビックリするほど年々進化している、私も出品したが反省だらけ、悔しいが若い人には叶わなくなった。一人一人ゆっくり感謝を込め乍ら接待、お話をしながら暑い中のビールは格別美味しく、さすがに回ってしまった後は酔まで回ってきた、それでも最後までご一緒に居られた、こうして楽しい一日を過ごすことが出来たのも皆様方のお蔭と心から感謝しています。社長交代しても沢山言いたいことはあるがじーっと見守るだけです、この大切なイベントを反省しながら社長・社員が向上していくことを望んでいる。最終的には御施主様・会社及び協力会社皆様方の物心両面の幸福を追求し社会貢献することです。この大切な感謝の気持ちを作り手・住まい手が饗応で持ち続ければ我が社関係者だけでなく、各国で争っている戦争もなくなり平和が訪れることでしょう。
友のYさん元々の御縁はうちの会社の御施主様でした、年もおなじで飲んで話しても飽きない、あまりしゃべる人でないから(笑、居酒屋には良く入った、そんな彼が10日前に亡くなった。昨年から病気に掛かり入退院して治療していたことを聞いていた、何度か尋ねて行った時も明日1日入院してくる、そんな感じでした、亡くなる6日ぐらい前も自宅で逢った、そして2日程経ってから電話が入り、又入院したという、今回も1日入院で帰ってくるものと思っていたが、話すのがきつそうでしたので、電話を閉じてメールを送った、『申し訳ないが明日ゆっくり返信します』そしてあくる日の昼『今日はメールやめときますごめんなさい』と着信そして夜遅く私が寝ているときに最後のメールがあった、朝気が付いてメールを送ったが待って待っても既読にならない、奥さんに尋ねたら後1~2日と聞いて何とも言いようのない気持ちでした、そんなに悪いとは思っていなかった、私も癌治療を終えたばかりでお互い励ましあった、元気が出たら今年誕生日会してないのでやろうよ、そんなことまで話した、そして2日目に訃報が届く、聞いて絶句、家に帰ったということで逢いに行ったが死人の顔ではない今までのYさんの顔、何度も何度も声をかけたが熟睡しているようでした、だんだん目頭が重たくなってきた、身近な友が亡くなるのは初めて、この10日間は正直沈んでいた。メールを送ってくれた日が限界であった、自然の運行とともに己の命を調和して逝った、友の死に深い悲しみでいっぱい、般若心経さえ唱えることができなかった。楽しいかったこと、嬉しいかったことはあの世のお土産にして、苦しいかったこと、辛かったことは阿弥陀様の裾の下で浄化して貰ってください。Yさんとの25年は沢山の思い出があります、自宅を建てた時、高卒の新入社員が3名でYさん邸で初めての実習、嫌な顔一つも見せずに後継者育成にご協力頂いた、その2人は棟梁になり家庭を持ち独立して今もこの仕事を続けています、もう1人はお嫁に行って子供も出来幸せに暮らしています、皆Y邸のお蔭です。引き渡した後でも若い職人たちを良くかわいがってくれましたことは忘れはしない、心から感謝しています、私もいつの日か旅経つ時が来るでしょうその時は又ゆっくり語り合い飲みましょう。 合掌
「家を建てるときは会長の会社でお願いしたい」そんなことを営業から聞いてびっくりした、この方は19年前癌で入院そこで大変お世話になった医療関係者の方だったのです、仕様説明の時にお逢いしてご挨拶をしたのですが、今日地鎮祭を迎え社長がどうしても出席できないので代わりに出席することになった。改めて感謝の気持ちと御縁の大切さを思い知らされた。当時癌ステージング3を宣告されたが、今動くことが出来なくなると、御施主様や社員や協力会社の皆さんに大変迷惑をかけることになる、即医師に10年だけ働かせてくださいとお願いしたのを忘れない。聞いて社員の中には涙する人もいるし、皆心配してくれた。この時期仕事が大変忙しく果敢に動いていた時期で、病気の事も当然気にはするが、設計にも従事していたので、入院中関係者に許可を得て休憩室で治療の合間毎日CADを開いていた。長い日で1ヵ月3回入院して皆さんに大変お世話になった、今も経過観察に行っているが、お陰様で異常はないとのこと。この病院の医療関係者はお蔭でかなり御施主様にいます、手術室の中でも御施主様に声かけられびっくりしたこともあった。今回も御縁で仕事頂いて本当に感謝でいっぱいです、これからは住まい手として長い付き合いが始まります、若者の育成等会社の事でご意見等頂ければ幸いです、今日出席して大変嬉しく思っています。たまにしか会社には行っていないが秋の原木等の買い出し等は私の持ち分、今は名ばかりの会長です(笑。
ひさしぶりにパソコンに向かう、娘から私のブログを見ている人に最近更新していないことを知らされた、1年ぶりの投稿です、最も綴るつもりではいたが、2度目のがん治療や田畑(無農薬・化学肥料を使用しない自然肥料のみ)に取り組んでいた時期です、自分が選んだがん治療に負けないため、朝は4時半に起床、柔軟体操をして一寸無理して1時間程ウォーキングしたりジョギングして体力の温存を図る、それから1日の始まり。年末に治療が終わるが副作用はいまだ出ているが、がん治療で投稿しなかったわけではない。難しい田畑に取り組みながら、やっと出来た作物を自分で料理する、これが又失敗の積み重ね、例えばかぼちゃチーズケーキや夏冬のスープづくりは随分失敗した(笑い。家族や社員に美味しい物を食べさせたい、アルプのフジマルマルシェに出展のお施主様に分けてあげたいその思いがあるのです、マルシェには毎回必ず行くと御施主様達の本当に素晴らしい手作りの展示品や賑やかな会話が聞けるのです、感謝だけでなく私ももっと頑張らねばならないと気力がわくのです。昼は一人だけテレビは殆ど見ないが暇なときは単行本を読みなおしてみたりしている、今年74才になっても自分の未熟さがまとわりつく、まだ自分に出来ることは必ずあるそれを追求、いや探している今日この頃です。ブログも未熟者の綴り悪しからず、云われて初めて気づくブログ、目を通して頂いた方たちに感謝でいっぱいです、ありがとうございます。 『人の一生とは重荷を背負うて遠き道を行くが如く、急ぐべからず不自由を常と思えばさして不足は無いもの、心に望み起こらば困窮した時を思い出すべし、堪忍は無事長久のもと怒りは敵と思え、勝つことばかり知って負くることを知らざれば、害その身に及ぶ、及ばざるは過ぎたるに勝るもの。』心の指数にしています。 感謝
我が社の見積は概算見積でなく積算見積をする、後継者育成の一環で誰が見ても良いとしている、見積書は当然大工さんの一棟当たりの金額や木材一本の金額が解るので責任感が向上する。概算見積はアバウトだから誤解を招く恐れがある、積算見積もりは細かく拾うから時間が掛かる、面積はCADで正確に出る、特に我が社は『木のすまい』だから木材の拾い出しは特に細かい、木材だけでも丸1日はかかる。木材見積をするときは過去に一番近い見積書をベースに上書きするので、一階建てから2階建てに変わる時に階段材料を拾い忘れなどがある、一番大きなミスは棟梁からの『床板の拾い出しがない』と云われたときでした、床板を全部忘れたことがある🥶、木材の拾い出しをもとに棟梁等が出庫するので、拾い落しがあるとすぐに分かるのです、拾い出しの落ち度は建設業法では通常の半額が請求できるが、私は自分のミスだから敢えて請求はしない、ただ過去に通し柱の数が桁違いに多かったことがあるそんな時は直ぐに謝罪して上に訂正したことはあった、1%ぐらいは補足材で上げているのですが、最後に棟梁からの拾い出しのチェック表を提出してもらう、その時拾い落しがどれだけあるかわかる。たまに棟梁等にこの木材拾い出しをして貰うことがあるが、拾い出しの基本は落ち度はあっても絶対に余分に拾わないこと嘘を書かない、余分に拾うことは云い方が悪いがお金を盗むのと同じですと云っている。仕様説明ではこの木材項目に時間が掛かる、説明をしていくと「もう信用しているので木材項目は飛ばしてよいです」とよく言われた、まともに仕様説明すると全項目で4時間はかかる、たまに積算見積がよくわかる人がいて説明はしなくていいとまで言われたことがあった。お蔭で積算見積で金銭的なトラブルは過去に一度もなかった。