投稿者アーカイブ: 藤丸直行

これからは心の時代

有名な鈴木秀子さん(国際コミュニオン学会名誉会長)のエッセイの一コマに、…(ある知り合いの女性が最近、引っ越しをしたというので、友人と一緒に訪問しました。新居に出迎えてくれた彼女は、「周囲は緑に覆われていて雑音は聞こえないし、とても落ち着くんですよ」と話していました。実際、とても落ち着いた雰囲気のご自宅でした。「本当に静かですね」と言ったまま、しばらくの間、三人が座っているその空間を沈黙が支配しました。ふと気がつくと、一緒に来た友人の顔がみるみる美しくなっていくではありませんか。「あら、あなたの顔、どんどん綺麗になっていますよ」と話しかけると、家主の女性が「私もこの部屋の気がとてもよくなり、澄んでくるのを感じます」と言葉を添えました。何かを話すわけではなく、ただ一緒にいるだけで、皆の心が雑念もなく落ち着いている。しかも、そこに満ち溢れる静かで清らかな気が人の心ばかりか表情にまで影響を与えている。)この記事を読んでいると我が社の「上野の分譲地」を思い浮かべる、静かで緑に覆われた自然と調和した我が社の自然住宅にいるような思いがした、鈴木さんたちが我が社のすまいに赴けばもっと感動を覚えることになるでしょう。豊かな広い心を持った我が社の作り手(職人)が見えるそんな住まいづくりは一味も二味も違ってくる。私は彼らを信じているのです、もっともっと住まい手の心や顔がきれいになっていく様を・・・。



2023年

今年は年男12年に一回、この年令になると身近なことがすぐに忘れてしまう特に活字は思い出さない、その点パソコンなどは非常に便利が良い、電話にしても登録をしているので頭で覚えることがない、昔は200件は記憶していた、便利になったが一方では脳細胞が減っているのも一つの原因かと思う、そうやって何らかのせいにしてしまうことこそ老化の始まりのようです。脳細胞を高めるには常に頭を柔らかくして、新しいことを考え実行することですが、今度は体力の衰えを感じることになる、今は朝晩スクワット10分程度をやり、早朝は開脚を中心に身体がほぐれるまで行っている、5年以上は続いていると思う、せめて家族の足かせにならないように今年も続けるが、どんな年になるかは己次第。社長を退いて会社や社員の事なども心配の種、それに戦争やコロナと云った人類に不必要なものが沢山ある、一時も早く収束出来ればと願う。これからの時代は心の時代と言われているように、心が豊かになれば争いはなくなる、良い卯年であることを切に望む。

一年の終わりに

今年も残り僅かになった、毎年のように思いは同じ、社員に怪我や災難がなく今年も年末を迎えることが出来たことに感謝が絶えない、今年も社員の皆は技術的にも人間的にも非常に進化している、生きたすまいづくりも進化が見られる、その証拠に不具合が非常に少ない。今の日本は人工が減少して自然環境とともに危惧の状態、自給自足も一桁、それに企業の時価総額は45年前には世界の10位の中に9社が日本企業、いまでは国際競争力順位は30位以下で中国や韓国にも抜かれている、それに国民幸福度は世界で55番以下、衣食住豊富のようにあるが、心が痛んで豊かでない証拠です。すべての価値をもので捉え、目に見えない心の価値を見失っているように思う。

そんな中、我が社はアルプ展示場のコンセルジュ(御施主様達)の皆さんとコロナ禍ではあるが忘年会を催した、御施主様が案内してくれるだけでも感謝に耐えないが、忘年会まで多くの方が参加してくれた、本当にありがたいことです、毎年思うことはこの気持ちを裏切らないように、社員全員が住まいづくりに精進してもらいたい、それにはやはり御恩と感謝の気持ちを強く持ち、忘れないことです。住まいづくりはまだまだ沢山改革する余地はある、それは一生懸命無心で打ち込むことで閃いてくるのです、良い住まいづくりはこれ以外に何もない。今年一年ありがとうございました。

生き方

「仕事に打ち込んで、世の中の役に立ち、自分自身も幸せであった」と感じられる生き方が、時代がどう変わろうと、最終的にはみんなが求めているものではないかと思います、それには恩義を忘れない・ど真剣の日々を生きる・どんな環境にいてもまじめに一生懸命に生きること(どんな逆境であろうと不平不満を言わず、慢心せず、今目の前に与えられた仕事に、それがどんな些細な仕事でも、全身全霊で打ち込み努力してきたことと、利他の心。皆を幸せにしてあげたいと強く意識し、生きていくこと)
今年の8月に亡くなられた名経営者稲盛和夫氏の生涯の生き方です。
稲盛氏の功績は全世界の人が知っているように、本やJAL再建等を読むと心を打たれる、とても真似のできるものではないが、私もどんな時でも「恩義」と言う言葉は何時も忘れてはいない、御施主様や社員やファンの方など沢山の人と御縁があり御恩があるから、少なからず地球環境面や住まい手・つくり手の健康を考えたすまいづくりしてきたつもりです、どうせ生きるのであれば、何か良いものを残し、皆のためになればと思い、毎日良い試案はないかの日々、最近は無農薬・有機肥料で草も生えない虫も来ない、そんな画期的な農作業は出来ないか、会社の残材利用、木灰や鉋屑・鋸屑は何時も利用しているが、夜中に閃いたことはヒバ材に着目した、ヒバ油の成分で虫の忌避効果があって非常に腐朽菌に強い木材、このヒバの鋸屑や木材を利用したハイブリッド農法(大分弁でゴテシン農法:笑い)を試みています。どうせつくるのであれば良いものをつくる、微々たることですが私の生き方です。




上棟

上棟と云えばつくり手は命懸けの工事、一つ 間違えば大怪我や死に至る危険な作業の連続、無事に出来て当たり前なのですが、屋根仕舞いが完了するまでは息を付けない、だから無事に終えた後は職人に労いの言葉と心の中で神仏に合掌している、現場にいなくても担当の棟梁たちは無事に終わったことを必ず一報くれる。

此処2現場で御餅まきがあり参加してみると、色んな人と出会えた、大きくなった御施主様の子供たちや昔の御施主様や「お世話になった○○の母です」と声をかけてくださる人や何十年も前に一緒に工事した人とか、・・・大変申し訳ないが10年以上疎遠になると、思い出すのが年のせいか時間が掛かってしまう、子供たちは見違えるし、10年も会ってなかったら、頭は白髪になっているし容姿はお互い変わっている(笑い

先日は上棟の御餅まきは「なんて云ってまいてるの?」と質問された、(ひと~ぎ)と(しと~ぎ)がどちらが正しいか改めて調べた。上棟の御餅まきの行事は、上棟式などの神事を行う中で御餅まきをするのですが、正式には散餅の義とか散餅銭の義と云うそうです。しとぎ(粢)という掛け声で主に御餅をまくのですが、いつの間にか大分では「ひと~ぎ」餅に変わったようです、神殿に奉られたお米を形にしたのが「しとぎ餅」だそうです、それに御施主様のご主人の年の数程5円玉に「こより」を通して結び、良いご縁があるように御餅とお金(銭)を一緒にまく、散餅銭の義、今ではお菓子やトイレットペーパーなど色んな物が御祝いにまかれています、特に子供たちの参加が多くなってきたので、お菓子類はかなり前からまくようになった、因みにお餅まきに人が集まらない上棟は、村八分の人の上棟と伝えられています。どちらにせよ神殿に奉られて、福徳円満・無病息災・家内安全・家運隆盛を御祈願したお祝いのお餅,美味しくいただいてほしいものです。